がんは日本における主要な死因の一つであり、その克服にはがんの早期発見と早期治療が不可欠です。しかし、既存のがんマーカーでは早期がんの発見が難しい場合が多く、費用や身体への負担が大きい検査も少なくありません。このような課題に対し、尿中のN1,N12-ジアセチルスペルミン(DiAcSpm)の測定が、非侵襲的ながんリスク評価の新しい方法として注目を集めています。
ジアセチルスペルスペルミン(DiAcSpm)とは?なぜがん早期発見に役立つのか?
ジアセチルスペルミン(DiAcSpm)は、細胞の増殖やタンパク質合成に深く関わるポリアミンという生体物質の一種であるスペルミンが、体内でアセチル化された形です。がん細胞は非常に活発に増殖するため、ポリアミンの代謝が亢進し、結果としてジアセチルスペルミンなどのアセチル化ポリアミンの濃度が尿中で上昇することが報告されています。
健康な人の尿中ではDiAcSpmはごく微量にしか存在しません。この「健康時との差」が明確であるという特性から、DiAcSpmは既存の腫瘍マーカーと比較して、がん病態の変化を示す可能性が報告されており、特に早期がんのマーカーとしての可能性に注目が集まっています。
尿検査のメリット:身体的負担少なく、定期的な検査も気軽に
DiAcSpm測定の最大の利点は、尿を用いる非侵襲的な検査であることです。採血を伴わないため、身体的な負担が少なく、定期的ながん検査も比較的気軽に続けられます。また、専用の自動分析装置を用いることで、迅速かつ信頼性の高い測定結果が得られます。これにより、同じ個人の尿中DiAcSpm量の経時的な変化を高い信頼性で評価でき、がんの病態や治療効果を継続的にモニタリングする上で有用性が期待されます。
研究が示すDiAcSpmの有用性:多様ながん種で可能性
複数の研究により、DiAcSpmが多様ながん種において従来の腫瘍マーカーと比較して有用性を示す可能性が報告されています。
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大腸がん早期発見: 尿中DiAcSpmは、特に早期大腸がんの検出において優位性を示す可能性が報告されています。ある研究では、大腸がん患者250例における尿中DiAcSpmの陽性率が74.0%であったのに対し、既存の血清腫瘍マーカーであるCEAは37.6%、CA19-9は14.4%に留まりました。さらに、早期大腸がん(ステージ0およびI)に限定した場合、尿中DiAcSpmの陽性率は約60%を示し、感度0.78、特異度0.82という診断性能が報告されています。
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肺がん(非小細胞肺がん): 尿中DiAcSpmは肺がんの腫瘍マーカーとしても有用性が示されています。308例の肺がん患者を対象とした研究では、尿中DiAcSpmの感度が46.4%であり、ステージIAおよびIBの患者において、DiAcSpmの感度はCYFRA21-1よりも高いことが確認されており(ステージIAで25.5% vs 5.4%、ステージIBで42.6% vs 18.5%)、早期肺がんの発見に貢献する可能性があります。DiAcSpmは肺がんの組織型によっても感度が高く、腺がんで39.5%、扁平上皮がんで62.0%の感度が報告されています。また、尿中DiAcSpmは臨床病期IAの非小細胞肺がん患者における腫瘍の浸潤度とも有意な相関が認められています。
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乳がん検診: 乳がんにおいてもDiAcSpmの有用性が評価されています。乳がん患者83例のデータでは、尿中DiAcSpmの陽性率は60.2%であり、これは血清CEA(37.3%)やCA15-3(37.3%)よりも高い結果でした(いずれもp=0.0032で有意差あり)。早期乳がん(ステージIおよびII)に限定しても、DiAcSpmの感度は28.1%と、CEA(3.1%)やCA15-3(0%)と比較して有用性を示す可能性が示されています。
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すい臓がん・胆道がんの新しいマーカー: 尿中DiAcSpmはすい臓がんや胆道がんの新しい腫瘍マーカーとしても評価されています。これらのがん種に対して、尿中DiAcSpmは、腫瘍マーカーとされる血清CA19-9と同程度の感度を示し、臓器特異性のない「汎」腫瘍マーカーとして有用であると考えられます。比較的早期のステージIIbでも50%のDiAcSpm陽性率が確認されており、早期発見への有効性が示唆されています。
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その他のがん種への応用: 尿中DiAcSpmは、上記以外にも肝細胞がん(既存マーカーと同程度の陽性率)、卵巣がん(悪性腫瘍と良性腫瘍の鑑別で高い感度86.5%)、小児がん(悪性リンパ腫のスクリーニングおよび経過観察)、尿路悪性腫瘍(前立腺がん、腎がん、膀胱がん、精巣腫瘍など)、そして脳腫瘍(悪性リンパ腫や星状細胞腫の病勢や治療効果のモニタリング、放射線壊死と再発の鑑別)など、幅広いがん種での有用性が報告されています。
がんの診断から治療効果モニタリング、再発監視まで
DiAcSpmは、がんの有無を判断するスクリーニングだけでなく、がんの進行度や悪性度、転移や再発の有無の評価にも活用できる可能性があります。特に、治療中の患者においては、DiAcSpmレベルを継続的に測定することで、治療効果の判定やがんの再発早期発見、さらには悪性転化の兆候を把握するための補助的な手段として有用である可能性があります。これにより、より適切な治療方針の決定や、治療後の長期的な健康管理に役立てることが期待されます。
新しいがんリスク評価の可能性を広げる
従来の腫瘍マーカーでは捉えきれなかった早期がんの兆候を、より負担少なく検出できる尿中DiAcSpm検査は、がんリスク評価における新しい可能性を秘めています。この検査が広く活用されることで、多くの方ががんを早期に発見し、早期治療につなげられるようになり、最終的にはがんによる死亡率の低減に貢献することが期待されます。
ご自身の健康管理に、この尿中DiAcSpm検査の情報をぜひお役立てください。
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